すご~く、くだらないよもやま話

アシスタントちゃんの毎日のファッションチェックを中心に、 ちょいとHなお話も、たまにはあるけど、 とってもくだらない自己満の世界です。 お許しを・・・。

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神護寺で、1時間位見てまわってる内に他の観光客にはほとんど会わず・・・。
これが1ヶ月後の11月の紅葉シーズンにはとんでもない人に覆われてしまうのだろうか・・・。
まあ、バスも臨時増発するらしいので。
確かに紅葉は綺麗で良いが、ゆっくりと、お堂やら仏像を見ようとしたら、激混みの時期は避けないとね・・・。

で、その数少ない観光客の中に、オイラと同じように一人でゆっくりとお堂・仏像を見てまわっているおじさんがいました。
まあ、定年退職して趣味の旅行をしている感じかな?

ちょっとお話してたんですが、若い時に行きにくい所の名所は行っておくべきだよ!って。
歳を取るとやはり階段の上り下り、長距離の歩きは足腰に負担がかかって大変らしく、
なかなか、行く気力も無くなるんだって。
で、そうすっと、無難に金閣やら銀閣・清水寺とかになっちゃうらしい。
だから、まだ、体力のある内に今日は三尾巡りをしているんだって。

でも、やっぱり若いオイラ(おじさんに比べてね、あくまでも比較ね)
よりはかな~り、ゆっくりと歩いていましたね。
オイラ、歩くときは結構スタスタと早歩きなんだよね。

で、次の目的地、槇尾の西明寺に。
神護寺の階段を下りていく途中におばさん集団20名位か、エッコラ、エッコラ必死こいて登ってましたね。
日頃運動不足の小太りのおばさん達にはつらいでしょうねぇ・・・。

で、参道の階段を降りきって、朱色の高雄橋を渡り左に川沿いに進む。
途中に川に降りれるところがあったので、下におりて、そこから高雄橋をパチリ。
(橋を渡らずに階段下りて右に行くと、清滝の自然遊歩道で下っていくと、愛宕念仏寺や化野念仏寺に方に出るらしいです。天気が良ければ、西明寺、高山寺の後にトレッキングもいいかなってね)

で、しばらく川沿いに歩いていくと
「西明寺裏参道」って看板が・・・。
多分近道なんだろうが、やっぱ正面から行くべきでしょう。
って事で、もうちょっと道なりに歩いていく。

ところで、三尾巡りって、栂尾の高山寺→槇尾の西明寺→高雄の神護寺
(→清滝の東海自然遊歩道)
ってルートが正解なのかな?
っつうか多いのかな???
おいらは今日は雨模様なので、帰りのバスでは始発が多くて座れる確立が高いかな?
って思って、神護寺→西明寺→高山寺ってルートにしたのだが・・・。

まあ、全く関係なかったでつ。
だって、ほとんど他の人に会わないんだもん・・・。
帰りは12時ちょっとまわっていたけど、午前中に三尾に来る人ってこの時期ほとんどいないのね・・・。

で、ちょいと歩いていくと、「指月橋」っつうやっぱり朱色の欄干をした幅の狭い、かわいらしい橋があります。
この橋を渡ると西明寺の参道でつ。

で、また、石段・・・。
おいおい、また登りですかい?
って、がっかりしちゃったけど、ここの石段はそんなになくって、すぐに山門が。

おおっ、って感じでほっとする。

山門をくぐるとまっすぐ前に本堂があります。
この西明寺って、最初は天長年間(824~834)に空海の高弟の智泉って坊さんが、神護寺の別院として創建したとのこと。
で、その後荒廃したが、鎌倉時代に再興され、後宇多天皇より西明寺の名を賜り独立したが、
またもや室町末期に兵火にあって荒廃し、慶長7年(1602)、明忍により再興されたようです。
で、現在の本堂は元禄年間に桂昌院の寄進により再建されたもの。

以上、いろんな資料を参考にしちゃいました。

桂昌院ってば江戸幕府五代将軍綱吉のお母さんですねえ。
大奥の世界でつ。

そういえば、ドラマでまた大奥始まりましたね。


疲れた、また次回。
段々記憶が薄れていってしまう・・・。


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